以下の論文は "日本経営工学会「経営システム」誌 Vol.22 No.4 2013年1月" より転載 ある改善活動の物語 川瀬武志 キーワード:IE、全体的改善活動、トップ方針、管理システム、スタッフ倫理 |
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1、改善活動の核心 私の恩師のRobert N,Lehrer先生は、改善活動のマネージメントを生涯の研究テーマにしておられて、"Management of Improvement"という本を書かれた。彼の残した改善活動の核心を突いた思想が以下の式によって示されている [1] 、[2]。 ![]()
Lehrey先生は、経営は最高の成果を目指して行うべきだと信じておられた。以下にこの式を箇条書きで解説する。究極の目標にチヤレンジし、それに向かって執念を燃やすべきだ。問題解決は理論的にシステマティックにやるだけでできるものではなく、遮二無二に信念を押し通すものだ。最も大事なことは人間の英知を結集することだ。皆が納得する方法で改善活動を強制すべきだ。改善活動を実現するためには、それを組織的、人的、金銭的に補佐する仕組みが必要だ。しかし、技術というものは決して中核的に重要なものではなく、必要なときに使えればよい。 このガイドラインに治って、私はこの50年間改善活動のマネジメントについて考えてきた[3]。その結論の一端を以下に例を使って述べる。ただし、主題が広い知識を要するものなので、読者としてIEの経験を積んだ、IEのマネジメントに深い関心を持つ人々を前提として書いた。また、以下で私は「マネジメント」という言葉を「管理職に就いている者全般」を指して使う場合と、「経営をマネジすること全般」を指す場合とに使い分けている。何故このような紛らわしい使い方をするかといえば、言葉の漠黙さによって言葉の角が立たないようにしたいからである。 2、IEとマネジメント IEはマネジメントの一部である。まともなマネジメントがないところに生まれたIEはまともに育たない。IE を自分の都合のよいときに都合のよい結果を生み出す道具のようにしか考えないマネジメントは最低のマネジメントである。 改善活動についての哲学をもち、IE活動の方針を決め、改善活動様式や組織活動体系の境界条件を決めるのはマネジメントの責任である[4]。「改善活動やIE技術のマネジメントのことは理解できない」ので、専門家にまかせるのは間違いである。これは他の技術開発活動についても同じことがいえる。東京電力の原子力発電所の重要な仕様決定についての明確な価値判断を避けてしまった経営者の例が一番わかりやすい。経営責任者は、改善活動って何なのか、何が問題なのかを理解して、この活動のマネジメント方針を決めるべきだと思う。 IEは生産工程で生まれ、適用範囲が広がり、マーケティング分野や研究開発分野まで広がってきた。改善案の定式化も制約条件 (システム・デザイン・パラメタ一)をありのままに容認した管理型改善活動から、改善対象を取り囲む制約条件の打破を前提とした革新型改善に移行しないと、大きな環境変化に直面できなくなってきた。しかし、制約条件の打破は現場の問題所有者の手には余ることがある。なぜなら、与えられた制約条件を変更することは、現場の問題所有者の権限の範囲を超えるものである場合が多いからである。このような場合、想定する問題の所有者がより高い地位のマネジメントでなければならないのに、その人間が責任を回避する傾向がある。また、同様なことは改善案を設計する過程でもみられ、システムのスペックを決めるべき意思決定者が責任を回避することが多い。これは改善活動の根本問題である。 革新型の改善はギャンブルである。その意味は、事前にある程度効果が見込める管理型改善とは異なり、革新型改善は事前にその効果を正確に予測することが困難だったり、場合によってはうまくいかなかったりすることもある。したがって、最終的にはマネジメントが自らの権限と責任で意思決定する必要があるからである。思い切った決断が難しい場合でも、方針に治った方向で問題のリスク分散をして、結果をみながら逐次実行をするといった方法があるのに、責任者はそれをも面倒臭がることが多い。 革新型の改善問題におけるマネジメントの責任は、方針 (価値観)を明確に示すことである。上記のギャンブルをすることがマネジメントの責任であることが理解されない。何故かを考えると、それはひとえに経営の民主化が行われていないからである。民主化をするためには「情報の公開」と「権限の委譲」を実行すべきである。独裁的権限をもっていながら、重要な決定に怖じ気づいているマネジメントが多い。このようなマネジメントは情報の公開というと、企業秘密の漏洩を理由に挙げて消極的になる意気地のなさである。改善は簡単に真似ができない。現場のやる気と工夫は簡単に真似られないからである。もっとも人に知られることが恥ずかしいのも秘密の内であるが。 このような重要な意思決定を回避するようなマネジメントが部下に対して時間の余裕、予算、失敗の余裕も満足に与えずに結果を求める。中途半端な結論のまま人減らしをしてしまう。現場はじり貧にならざるを得ない。その結果、協力し合うべきIE部門と現場の関係が悪くなってしまう。どうしたらよいだろうか。 3、ある改善活動 3.1 仕組みの原理 ここで取り上げた会社のトップマネジメントは改善活動についての哲学をもっている。彼はそれに従って、「加速度経営」とよばれる考えを生み出し、それを実現するための仕組みを部下とともに設計した。これまでの経営では通常業務の遂行が主であり、改善活動は付加的なものであった。これを「速度経営」とよぶことにする。速度経営では間接業務や管理部門は改善の対象から外れることが多いが、加速度経営では間接業務(専務部門)も直接部門も平等に自らの業務を自らの手で改善することが求められている。 速度経営では変化に対する抵抗は当然のことであるが、加速度経営ではありえない。速度経営では生産量増加に直面すると、就業時間を延ばしたり、作業速度を上げたり、必要な増産分を目標にした改善活動が命じられるが、加速度経営では将来の間題も見据えた日常的かつ継続的な改善が制度的に求められる。速度経営ではスタッフがラインの仕事を理解するために現状分析をするが、加速度経営では自分で自分の仕事を改善するのであるからこのための時間や意思の疎通時間のムダは起こらない。速度経営では改善のための時間はエキストラサービスと考えられることがあるが、加速度経営では当然の仕事と見なされる。 加速度経営では、(A)通常業務の遂行と、(B)業務改善の遂行を分離して、両者を同様に重要な活動であると認識し、すべての従業員がこの2つを実行する責任をもつ。ただしAとBに携わる時間の比率を企業環境に応じて、部門別に、変動させるというものである。例えば、初期の段階では(A=95%)(B=5%)といった具合で、週40時間労働を前提とすれば、改善活勤は1日30分程度に当たる。しかしその時間帯では改善を責任職務として賃金支払いの対象として活動できることを意味する。このことは採用時にはっきりと言い渡される。「貴方を採用するに当たって、期待することは2つある。一つは日常業務の遂行であり、もう一つは自分の仕事を常に改善し続けることである」と宣言するのである。ここで日常業務を本来業務とよばない理由は、改善業務も本来業務であるからである。 3.2 管理システム 加速度経営で最も重要な役割を果たす仕組みは、改善活動管理情報システムである。これは「問題会計システム」という考え方を基礎としている[5]、[6]。一般に企業活動においては、仕事の上で、改善が望ましいあるいは改善の可能性がある事態に出会うことは常である。これを放置することは理想、状態に対して「負債」を負ったと考えることができる。認知された潜在改善テーマは「負債」として、問題会計システムの上に計上される。負債の会計は会社が負う借金であるとみる。これを改善対象として取り上げた場合は、負債から「仕掛り負債」になったとよぶ。さらに、改善の見通しが立った時点で、仕掛り負債は「仕掛り資産」とよばれる。改善が完了したら「資産」として計上される。 これは「改善提案」ではなく、「問題提案」とよばれる。提案能力ありと判定された従業員は問題提案をする責任が生ずる。問題提案はなるべく個人単位でするのが望ましいが、グループですることも許される。提案書のフォーマットには次のような項目を含む。提案者、連絡先、提案内容、考えられるアプローチ、前提条件、推定投入工数、作業期間、関係部門、解決難易度、推定効果度などである。経験が無いと個人で完全に記入することはできないので上司やIEスタッフの援助が必要である。 全社的に係単位で逐次任意に出された問題提案を審議する。グループごとに認知された問題提案を、100テーマを目安として部門のデータベースに蓄積しておく・半年に1回全社データベースの更新時に部門データベースから選ばれたものを、完了された問題と入れ替える。これは係長レベルの問題提案データベースである。同様に課長レベルの問題データベース、部長レベルの問題データベースもあり、それぞれのレベルでまとめられる。これらのレベルではスタッフの参加が許されている。速度経営では課長以上の改善テーマはありえない。せめて課長レベルは係レベルの改善活動の叱咤激励が仕事である。 この会社は従業員1,000人の会社であるから、組織図の上に10,000件近い負債のリストが並ぶことになる。しかもこのリストはカテゴリ一別に整理されて公表される。ダブりや共同改善の有利性や欠落しているテーマが見つかることがある。負債リストの中から興味のあるテーマを見つけて他部門から改善活動に参加するのは歓迎される。緊急性のないテーマでも当面該当する仕事がなくても取り上げるのは自由である。 最も大事なことはマネジメントの怠慢が暴露されることである、マネジメントが改善に引きずり込まれることになる。うかうかしていられない。課長レベル、部長レベルの問題登録がされるということは,役職者には大幅な権限の委譲が行われていることを意味する。権限の委譲がなければ上位マネジメントの改善はできない。これが会社の民主化に貢献している。 3.3 スタッフの仕事と志 このデータベースシステムの調整はIEスタッフの重要な仕事になる。例を挙げれば、提案問題の各種の分類薬理、類似の間題の調整、問い合わせの対応、着手後の進捗度、停滞グループの援助、完成の判定、予算の管理、などなどである。このデータベースは資産になったもので埋め尽くされることが期待されている。前述したが、このデータベースは半年ごとに改訂される。当然、2年もの、3年もののテーマが居残ることはある。この場合は冷蔵庫に収納されて、ときどき虫干しされる。技術進歩による着手可能性がないか、環境的に問題性が薄れていないかなどチェックされる。このシステムが社内の民主化に貢献する効果は計り知れない。 改善目標には自発的に提案できるもの(負債と認識されるもの)と、会社から要求される定常的な生産性向上目標とがある。会社から要求されている生産性向上は年率5%程度であり、これは(IE)スタッフの主な仕事である。入社当初従業員に与えられる改善余裕は0%であるが、教育を受けて試験に合格すると、5%の余裕が与えられる。 改善結果が出たならば、すぐに人減らしをする会社がある。この会社ではそれをしない。改善結果を資産として登録するかどうかは問題所有者の権限である。改善の結果、時間的に余裕ができることはよいことである。この会社ではこれを「金持ちサイクル」に入ったとよんでいる。改善時間比率が高くなる。善循環である。(B=10%)になれば、改善余裕は週半日(1日で45分9、(B=20%)で週1日(あるいは日に1.5時間)の改善余裕である。これは会社と個人の間の利益配分制度である。原価低減目標は賃金との見合いで、会社と従業員の間で交渉される。 個人であれ、グループであれ、許された改善時間をうまく取りながら改善を行うのは容易なことではない。当然のことにこの会社には20人のIEスタッフが居る。IEスタッフの仕事は表1に例示するように限りなく多いが、彼らの仕事の一番大変なことは従業員に与えられた改善時間の使い方の相談に乗ることである。この点は最終的には、個人・グループごとにスケジュール表を作り互いに助け合うことで解決される。 しかし、ここで重要なことを指摘しておく。改善は創意工夫である。創意工夫は執念である。執念は時間で区切れるものではない。通常業務は時間で区切れるが、創意工夫は24時間ものである。したがって、頭の中は自由に使っていただくしかない。この辺が微妙なものであるが、妙味のあるところでもあり、個人差が出るところである。 二番目に大切なことは従業員の改善についての相談に乗ることである。一人のIEスタッフは50人の相談者をもつことになるが、教育をし、経験を積ませることで相談者は減るし、相談者同士の助け合いも起こる。全社的知的指数も他社との比ではなくなる。 表1
この企業では管理職に対して改善のための重要な行動規範が期待されているが、IEスタッフに対しても同様に、重要な行動規範が課せられている。それを以下に記す。 1、顧客(従業員)に対して、公平な態度を維持する。 2、労使に偏らない中立な態度を維持する。 3、顧客に対して偽りを言わない。 4、顧客に対して命令をしない。サービスに徹する。 5、自分が専門としないことを専門であるかのごとく振る舞わない。 6、IE on IEを常に志す。 4、まとめ 上記を読んだ読者はすぐにこの企業が実在のものではないことに気づくであろう。すべては私の理想から生まれた寓話である。しかし、現実の企業経営が速度経営であり、それを加速度経営と比較してみれば、現実の改善管理のまずさが見えてくるはずである。私は改善活動の重要性を経営管理学の中で認識し、それを学問分野として位置づけたいと望んでいる。 付言すると、「お前はマネジメントについての相当悪い例を上げつらっているが、そんな会社ばかりではないだろう」と言われると思うが、いろいろな側面で、ここに述べた事象を私自身が見てきた。友人、卒業生の話を聞いても「改善活動のマネジメント」に関するかぎり、どの会社も似たようなものである。当然、私の「理想」との対比の上でのことであるが。 参 考 文 献
「ある改善活動の物語」解説 本論文は企業における改善活動の形態について考察したものである。主題についての問題点やその善後策について述べたものではなく、主題の究極的な姿について私がかん考えていることを三つの側面について、架空の例を用いて提示したものである。 改善活動の実施責任 改善活動の実施責任は全社員が自部門の活動を改良すべく責任を負うべきである。しかし、その責任を果たすためには改善能力の成熟度によって通常業務と改善業務に使われるべき時間の比率は変動させざるを得ない。究極の理想は50:50である。企業は改善活動のための時間と必要な余裕(例えば予算、教育、スタッフの援助)を明確に与えるべきである。改善はプロジェクト的にマネジするべきではなく、オンゴーイングな活動としてマネジされるべきである。(加速度経営における経営の二重責任(Dual Responsibility of Management)の認識)。 改善目標決定の一貫性 停滞は退歩であるという認識に立って、改善の必要性を意識レベルから顕在化させることを定常的仕事とするべきである。健康な危機感情報を公開する仕組みを持つべきである。(問題会計という考え方)。 改善テーマの全社的共有化 改善テーマを散発的に決めることなく、組織的にデータベースを公開する。公開されたデータベースを全体的な見地から漏れや重複を避け、適宜に改訂し、改善努力の相乗効果を追求するべく調整すべきである。(潜在的および顕在的改善テーマのデータベース化)。 2013年2月1日 川瀬武志 川瀬武志 1957年 慶応義塾大学理工学部機械工学科卒業、 1964年 ノースウェスタン大学IE/MS学科 修士課程卒業、 1965年 ジョージア工科大学IE/SE学科博士課程修了、 2000年に慶應義塾大学理工学部管理工学科専任講師で退職。 1969年よりIEコンサルタント、lE評論家。専門分野は経営工学 (IE、経営組織論)。 |
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